take-bow2009-11-08

以前から読みたかったが、あまりの大作であることに加え、理系の論文である点に二の足を踏んでいたのが正直なところであった。縁あってお借りすることができ、稚拙な頭でも読むことが出来たのは偶然とはいえ、名著との嬉しい出会いである。

1巻は、物理学史において空白区に近い(古代・)中世のヨーロッパにおける磁力をめぐる科学的な人類の思想史となっている。とても理系の人が記したとは思えない、哲学的な考察の数々。本来、歴史学徒がなすべき業績をいとも鮮やかにこなしてしまう処は、流石天才のなせる業と感服した。つまり科学史の論文なのだが、哲学的にもレベルの高い論文となっている点は本当に恐れ入ってしまう。特に中世に対する、一般的「常識」である暗黒の中世観が誤りであることを痛感させられた。トマス=アクィナスによって完成するスコラ哲学を「常識」的理解の荊で頭を覆っていたため、「哲学は神学の侍女」という言葉の本当の意味が理解できていなかった。またアリストテレスの影響の重要性を、科学史的に捉え直すという視点の欠如は、教科書的な中世観ではとても得られないリアリティを与えてくれた。そんな中世において、実験によって真理に到達する自然科学発展の萌芽を読み取る能力の凄さは、とても余人を持って代え難い。哲学史科学史的なアプローチから再構成し直したとも言える本作は、現在進行形の伝説である。

アカデミズムでは為し得なかった、というよりも考えもしなった、歴史的な学問進化の最高点に今、我々は触れているという感動すら覚える。市井の人・在野の科学者が生み出した高みは、暗黒の中世というドグマに冒された蒙を明らかに啓くものである。