take-bow2007-11-04

ついに定番が出た。私の中で下山事件関連の本は矢田喜美雄『謀殺 下山事件』で決まりだと思っていた。ジャーナリスト矢田喜美雄はその生涯を下山事件の他殺説に捧げた。彼によって線路上に残る血痕の路は明らかにされたのだ。自殺説では不可能な進行方向とは逆に伸びる血痕の数々を発見する。手に汗握る場面だった。その後に読んだ松本清張『日本の黒い霧』はその延長線上にトレースする読み物と私には思えた。時系列的には逆なのだが、先に読んだのが矢田喜美雄の作品だったというだけの理由では無いだろう。足で稼いだ情報にこそ強い印象が刻印されたということか。
その後、森達也下山事件(シモヤマケース)』、諸永裕司『葬られた夏―追跡・下山事件』を読んで、21世紀に入ってからの新たな解明に向けた展開を目の当たりにした。真相究明が真に近づいていることが理解できたが、上記二冊では満足しきれなかった。そこに満を持して出版されたのが、この本である。作家の柴田哲孝が書いていること自体、読み応えを予感させる。しかし、何よりも今回の究明ブームは「彼」柴田哲孝の祖父の存在が出発点だったのである。上記二冊でビックリし手に汗握った場面も所詮、この作品の前には前座に過ぎない。この作品こそ間違いなく真相に最も近づいた本であり、ここに示された下山事件の本質は結果的に国鉄の大量首切りと左派勢力を押さえることに「利用」されはしたが、最も根幹にあるのは「欲の道」としての鉄道問題であったといえよう。事件の背景にある満鉄の存在や張作霖爆殺事件との相似性についての指摘は、目から鱗でもあった。その過程でドン・シャグノンのような良い人物を悪人に仕立て上げられていった歴史の残虐さに、歴史に係わるモノとして常に真摯に真実に目を向けていかねばならないことを痛感させられる作品でもあった。
先行二冊はいらないと言っても良い程、柴田氏の作品は圧倒的である。


柴田哲孝下山事件 最後の証言』祥伝社 2005.7  2007.7『完全版』(文庫)