take-bow2007-02-25

野中広務。今となってはもう忘れられた政治家であろうか。曰く、「抵抗勢力」「闇将軍」「影の首相」。政治の裏側を歩いているまさにダークサイドのイメージである彼が政界を引退してはや3年以上の年月が過ぎた。

以前、神保町の三省堂でこの単行本が平積みされていて、読みたくてしょうがなかった。なぜか。それは彼、野中広務ほど京都の複雑な政治状況を体現した人物はいないし、政治の暗黒面である「清濁併せ呑む」存在はいないからであった。京都というと、観光でしか行ったことのない人間には理解できない政治状況があり、小生が学生時代には野中氏はもう副知事になっていたが、その前は長い間、万年野党・自民党の切り込み隊長的存在だったのだ。
さて魚住昭氏のこのルポの凄いところは、そんな野中広務を丸裸にしている点だ。あんな強面の政治家がまさか部落出身者であるとは。田中角栄をミニ版にした感じの、政治の舵取りがとてもよく理解できた。両者に共通するのは、金作りのうまさ・多数派工作の巧みさ、そして意外ことに、と言うよりも、両者の出自から当然のことだが、弱者に対する優しさがある。この作品の中でハンセン病患者たちの厚い信頼が紹介されているが、小泉政権がやったかのように思えた政府の方向転換も、野中氏の仕事を小泉が美味しい処取りしただけだった。よく考えたら、小泉や安倍のように出自の良い二世・三世首相はもともと権力側なので,何でも思い通りが当然の政治家たちなのである。苦労が無い分、優しさも無いということか。ただ如何せん野中氏は田中角栄と違い、政治の方向性・理想型・ビジョンが無かったのが悔やまれる。
この本の中で、2003年9月21日の最後の自民党総務会での野中氏の発言が衝撃的だ(原文P.392引用)


総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」

 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。


(日頃は威勢が良いことばかり言うが)麻生太郎のような出自の良い政治家には全く惹かれない。偽物のニオイがぷんぷんする。口先だけの「国民」「政治」「国家」。この本は野中広務という土着な、いかにも日本を体現する一人の政治家を追いかけるとともに、政治のありよう、国家の品格、真に国民中心の政治のまだまだ遠いことを知らせる一冊である。文庫版には元外務官僚の佐藤優氏と筆者の対談が収録されていてお奨めである。